2004-12-01

表現の現場

『表現の現場』(田窪恭治著、講談社現代新書)という本を読んだ。
画家である著者が、内外のいろいろな作品に触れて考えた事を書いた本である。学者のような分析ではなく、といって観念的な批評でもなく、表現者として目の前の作品とどうかかわったかが示されていて、力強い。

例えば、大芸術家の晩年の作品が未完成のように見えることが多いことに関して、作家が「筆を擱(お)く」場合として、
(1) 作家の技術や経験が作品に追いつかなくて筆が止まり、そこで、とりあえず完成とする状態。
(2) 作家が作品のなかで自分のテーマを追及したり、自己主張する目的が達成された時点で作家自身がすでに、その作品に対して興味を失った状態。
(3) いったん出来上がった自分の作品から、(中略)さらに一歩深く追求しようと望む作家の姿勢に対して、描こうとする対象の側から作家に対して発信される啓示を待っている状態。
に分けられ、子供の絵や若い時にしか描けない表現である (1) や、悟りに似た境地の(3)から生まれてくる作品 に、見ていて飽きのこないものが多いということを言っている。

また、フランスのバイユー美術館にある、素人っぽい絵のタピストリーの魅力を説き、日本の『鳥獣戯画』はそれよりずっと達者な絵であるが、技に溺れていない点で共通の品性があるとしている。

他にも、日本と世界各地の作品を独自の視点で取り上げ、興味深い指摘を行っている。

簡単には見られないそうだが、ラスコーの壁画の実物を見たくなった。

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2004-06-13

栄光のオランダ・フランドル絵画展

栄光のオランダ・フランドル絵画展に行った(昨日)。
さすがに目玉のフェルメール「画家のアトリエ」は相当の人だかりで、係員が移動を促すほどだった。
この日、小林頼子氏の講演会が併催されていたのだが、この人の「フェルメールの世界 17世紀オランダ風俗画家の軌跡」という本には感銘を受けていたので、申し込みをしてなかったことに後悔した。
他にも、ルーベンス、レンブラント、ヤン・ブリューゲル(父)などがそれぞれ複数出ているし、名前を知らない作家のものも結構おもしろい。

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2004-05-03

にせもの美術史

『にせもの美術史』トマス・ホーヴィング著、雨沢泰訳(朝日文庫) を読んだ。

いくつかを選んで映画にしたいと思う奴がいてもおかしくないくらい、エピソードがドラマチック。

これだけいろいろな贋作者をとりあげておきながら、ハン・ファン・メーヘレンには僅かしか触れていないのを不思議に思ったが、あとがきによれば訳者が3章ほどをわざと省略したかららしい。

安田火災(現損保ジャパン)が53億円(58億という数字もある)で落札したひまわりの贋作説にも触れている。訳者あとがきでは、その後贋作と断定されたという米紙ニュースを引用しているが、ゴッホ美術館から真作のお墨付きが出たという話しもある。どうもすっきりしない。

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2004-04-29

レイモンド・ローウィ展

銀座で映画を見たあと、たばこと塩の博物館(渋谷)でやってるローウィ展に行った。ここでやっているのは、ピースの箱をデザインした関係らしい。

企画した浦典子という人が自らガイドツアーをやっていて、熱く語っていた。(この人自身も興味深い。)
ふーん、不二家のロゴもLookチョコレートのパッケージもローウィのデザインなのね。

いい展覧会だと思った。少なくとも入場料300円の価値は十分ある。

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真珠の耳飾りの女

『真珠の耳飾りの女』を見た。映画館のHPには、平日の朝や昼の回は混んでいると書いてあり、有閑主婦層に受ける映画なのかと思っていた。今日(祝日)の12:30の回は8割ほどの入りで、客層は高齢の人が比較的多かった。多分平日もそうなのだろう。

多少ともフェルメールの作品や伝記を知っていると、いろいろな要素をとり入れていることが分かり、面白かった。主役のスカーレット・ヨハンソンは、絵の表情を逆転写したみたいなはまり方。

ただ、一般に、歴史上の有名人を題材にした映画というのは、見ていてどうも落ち着かない。どこまでが定説か、どこまでが解釈で、どこまでが創作なのかが判然としないからだ。そんなことは忘れて楽しむか、よほど知識を仕入れてから見るか――どちらも私には難しい。

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